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zoom RSS 声なき声

<<   作成日時 : 2017/04/17 16:28   >>

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4月17日(月)  NHKで放送された「東京裁判」(全4回)を見た。
  極東軍事裁判(いわゆる東京裁判)で今の首相のおじいさんに当たる人はA級戦犯の被疑者として3年半拘留、不起訴のまま釈放され、戦後政界に復帰して総理大臣になる。1960年日米安保条約の改定を進め、国会周辺では激しい反対運動が繰り広げられたが、6月18日安保条約は自然成立、混乱の責任を取って辞任を表明、その時のインタビューで発言した言葉「私はむしろ“声なき声”に耳を傾けなればならない」。 その後に「今はね、“声ある声”だけですよ、ゆわゆる世論と言われているものは」と続く。
 回想録でも「一部のものたちが国会の周りをデモっているだけで、国民の大部分は安保改定に関心を持っていない。その証拠に国会から2キロと離れていない銀座通りでは若い男女が歩いているし、後楽園では何万の人が野球を見ている。」と述べている。



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 ラジオでアーサー・ビナードさんがこの言葉について「それなら“声なき声”は何か??誰なんだ??というと、それは“黙っている奴”だ」と言う。「安保に反対している人たちは一部で、後の人たちはアンポンタンなんだとこの政治家は言う。愚民の代弁者たらんとして自分は政治をやっている。愚民政策をこういう風に美しい言葉のパッケージに包んでいる」と語る。
 民主主義はみんなで関わるのが民主主義。デモクラシーの国からデモをとったら、ただのクラシーになってしまう、とアーサーさんは言うが、でも、私たちの多くは本当に日々のクラシー(暮らし)にあくせくしていて、民主主義に参加することなんかできない。朝から晩まで働いて、子育てもして、親の面倒を見て・・・、どうやって自分の声なんか作ることができるのか。学校でも自分の意見が持てるような教育など行われていない。
 「みんな違ってみんないい」なんて言葉だけ。「ナンバーワンよりオンリーワン」なんて歌だけ。みんなが同じ道を歩かされ、どんどん愚民化されている。だから、嘘でも何でも強くものを言う、こちらも愚民のような人が独占的な力を持つようになってくる。民主主義と“声ある言葉は聞かないで、声なき声”を聞く、という政治家の言葉。また、忖度??の出現。何か不思議で不気味な国。


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